メタルギアSF雑談室 -Peterpan Syndrome Community-
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翌日更新などとほざきながら2日空いてしまいました ゴメンナサイ

TOMさんを病院に残して帰宅する事になって早4日目・・・
やはり 泊まり込みしてる時より数倍辛いかもですや;
年齢を感じてしまう今日この頃・・・ ムリが効かなくなってきますた

体力が減るのを食欲でカバーしてたせいか太ってしまって困ります
逆にTOMさんは15キロも痩せてしまって
私のキライな「貧相な夫&ボンレス妻」になりそうで怖い(||゚Д゚)ヒィィィ!
TOMさんがリバンドすることを祈る(違

前回 最悪な状態になるまでを書きましたので
そこから現在の状態に回復するまでを書きたいと思います

色んな機械で管理されてしまった痛々しい姿のTOMさんは
入院5日目に一般病棟から集中治療室の予備室に移動になりました
集中治療病棟はナースセンターの奥にありますが
予備室は前にあり 滅菌や温度管理・生命維持装置が必要としない患者の部屋です
6人相部屋の一般病棟と同じ広さですが機械を置くスペースを広く取っていて4人部屋になってました
不治の病の方など色んな方が代わる代わるに
ある人は快方へ向かって一般病棟に
ある人は悪化してしまい集中治療室に・・・
”TOMさんは絶対一般病棟に行くんだんもん!”って毎日祈ってました


6月16日(4回目の検査日)
検査は毎回 午後1番に行います
検査日は起床と共に血液検査をします
TOMさんは昼夜関係なく寝たり起きたりを繰り返してます
呼吸器を接続してるせいか咳が頻繁に出るようになってきました
咳が出たりして呼吸器と自発的に行う呼吸が合わないと すごく苦しいんだそうで
喉に空気が通過しないので喋れないんだけど しきりに「苦しい」と訴えてました
意識が薄くなる注射を機械で常時注入されてるのですが
苦しさで意識がはっきりしてきたのか 意思の疎通を取りたがります
義母には「(私の)姿が見えると興奮して血圧が上がるから
見えないようにして(TOMさんを)寝かせなさい」と言われるのですが
動けないようにされて色んな機械に繋がれた状態になった不安を考えると
TOMさんに安心して欲しくて 苦しそうな時や目が合った時
出まかせの病名や病状を 耳元で穏やかな声を装い言い聞かせました
「大丈夫だよ ずっと傍に居るからね」
語尾に必ずこの言葉を付け足します
TOMさんは 安心したのか目を瞑ってくれました

検査をしてる間はTOMさんの傍に居られないのですが
背骨に注射をして髄液を摂る検査はとても痛いのだそうで
病室の外で待っていると
痛さでかTOMさんの呼吸が乱れたのが呼吸器の注意信号音で分かるのが辛かったです

この時点でウイルスの数値は650くらいでした
少しでも減ってくれたので この日入院して以来久しぶりに食事が喉を通りました
しかし TOMさんは当分点滴のみの状態なので
TOMさんが寝てる間を見計らって食事を摂るのが難しかったです

ウイルスが減ったのですが呼吸器のせいで肺炎を併発してしまいました
こまめに体温調節や痰の吸入が必要になります

6月19日(5回目の検査日)
土日を挟んで3日ぶりの検査日です
座薬を使用する回数が減ってきました それでも38度は常時です
入院して以来 体温を1時間おきに測り記録してましたが
38度をきる事も増えてきたのが良く分かり嬉しかったです
ずっとTOMさんのベットの下にゴザを敷いて待機してたのですが
(私が見えないと)TOMさんが覗き込んで探してくれるのも嬉しかったです

この時点でウイルスの数値は620くらいでした
医者は「変化なし」と言いますが 増えないだけマシです
TOMさんはずっと食事を摂ってないので カロリーの高い点滴が追加になりました
不治の病の方や集中治療室の方々もみんなこの点滴をしてるので
言い方が悪いですが「そっちに行かないで!」って思ってしまいました

6月21日(6回目の検査日)
入院してから2回目のMRIです
CTは検査日に必ず撮ってたのですが
先日血圧が300くらいまで上がったので 造影剤というのを使用しての検査をしたい との事
その造影剤使用に家族の承諾が欲しいそうですが
使用しなくては検査が不十分になるのは分かるのですが
危険があるかもと説明されると承諾するのも怖いです

意思の疎通用にホワイドボードを用意しました
TOMさんに字を書いて欲しくて試してみたのですが
上手く書けないみたいですぐに「イヤイヤ」してしまいます
ボードの裏に「あいうえお表」を作ってみたら簡単な会話が出来ました
回復してきた証拠なのか 初めてまともに書けた言葉は「ばんごはん」でした
入院以来 ずっとご飯を食べて無いのでお腹が減ってるのでしょう
何だか胸がキューってしました

この時点でウイルスの数値は550くらいでした
「思ったよりウイルスの減りが悪いので 治療に長く掛かりそうです」
と医者に言われました
それでも 前回に比べたらまた100も減ったのだと喜べました

6月23日(7回目の検査日)
最近 看護師の手伝いで体を拭いてあげる事を許可されました
呼吸器が接続になってるので背中を見たことが無かったのですが
体を拭く時見たら 検査で注射をしている場所に無数の針の跡が残ってました
医者が手探りで注射するので 1回では髄液が摂れないので
1度の検査で およそ10箇所 針を刺すのだそうです

毎回検査の日の午前中は 洗面器にお湯を用意して手や足を洗ってあげます
それを見た看護師が「すごい尽くしてるね」と言いますが
きっと病的に傍に居る私を皮肉ったのでは無いかと思われます
その頃 私は風呂にもほとんど入らず髪もひっ詰めでかなり小汚かったです
「奥さんも倒れないでね」とも言われましたが
その頃は疲れたという感覚が全くありませんでした

この時点でウイルスの数値は500くらいでした
入院してから2週間目
毎日点滴で使用していたワクチンが期限切れになったとの事で
別のワクチンに移行しました
(え?ワクチン1種類しか無いとか言ってなかったっけ?)と思いました
抵抗力が弱くなってるので 抵抗を高める点滴も3日間限定で追加になりましたが
この点滴は人の血液から造られてるので 輸血同様 同意書に承諾して欲しいとの事
造影剤同様 何だか怖いけど承諾するしかないです
その代わり 肺炎がほとんど検知されなくなり
血中酸素濃度も正常になってきたので呼吸器が週明けにも取れる予定になりました

しかし 深夜3時の事です
検温も済ませ冷却材も交換して安心したのか つい寝入ってしまいました
「あ~!やった!」
という声に飛び起きたら 看護師が仁王立ちしてTOMさんを見てるので 
慌てて目をやったら 何とTOMさんは
縛ってあった手を駆使し体をずらして呼吸器を自分で外してしまっていたのでした
抜けない様にストッパーとして管の先端を膨らませてあるのに
無理やり抜いてしまったので鼻血が出てました
「あと2日の辛抱だったのに」と呆然とする私にTOMさんは
焦点の合っていない目線でブツブツと言い訳をしてました
久々に聞くTOMさんの声は しばらく声帯を使ってなかったせいか
引っこ抜いた後遺症か まるでデジタル音みたいな声でした
細く小さい声で その後夜明けまで独りで喋り通してました

6月26日(8回目の検査日)
朝 病室に見に来た医者が苦笑いしながら「まぁ 様子を見ましょう」と
外してしまった呼吸器の変わりに酸素マスクを装着させていきました
呼吸器が無くなったので 意識が薄れる注射も無くなりました

会話が出来る様になったTOMさんですが やはり意識障害が残ってました
痴呆とかみたいのではなく 夢と現実の境が無くなってる様で
自分が入院している病院名などが分からないというか
別の場所として認識しているみたいでした

この時点でウイルスの数値は400くらいでした
かなりウイルスが減ったので 検査期間を延ばすことになりました
今までは1日おき(週3日)でしたが 次回からは週1回です

日中はそんなでもないのですが 
夜 夢を見るせいか 暴れる事が増えてきました
縛ってるのを解け とか 家に帰るので(車に)乗せてけ
ケータイを使わせろなどですが
一番酷かったのが「ウイスキーに付いてるようなオマケを何で俺の口にかぶせるんだ?!」
と 酸素マスクを取れと言うのです
(その話の真相を おとといTOMさんから聞いたのですが
夢の中でTOMさんの口に装着されてたのは 酸素マスクでは無く
ウイスキーのオマケに付いて来るウイスキーグラスだったそうです)
ともかく そう言って暴れるTOMさんを 私だけでは抑え切れなくて
ナースコールで援護を頼みます
しかしTOMさんは 半分夢の中にも関わらず看護師を言い負かす気満々でした
上手な看護師が言いくるめますが 納得してない様子

6月28日
この日の夕方 飲食解禁になりました
「プリンとかヨーグルトが食べれる様でしたら食べてみて下さい
異常が無い様でしたら 今晩から食事が出ます」
もう嬉しさで一杯になり「どっちが良い?」とTOMさんに聞くと
「両方!!」と言うので売店に飛んで買いに行きました
震えが残ってたので 自力での食事はまだ難しそうだったので
介助してプリンを食べさせました
半月ぶりの食べ物がすごく感動した様で その日以来毎日プリン食べてます
すっかり痩せ細ってしまったTOMさんですが
食べれば回復も早い気がして何でも沢山食べて欲しいと思いました

余談ですがこの頃 夜中TOMさんには私がぬいぐるみになったように見えたらしいのです
夢との混同なのでしょうが 退院後の不安が隠しきれなくなってきました
退院しても家で一緒に暮らせないのではないか
障害者施設に入所が必要になってしまったらどうしよう と
日中も あるはずの無いタバコを探してみたり
居るはずの無い猫が足元を通過したと言ってみたり
今は笑い話として話せますが 当時は不安で眠れなかったです


さて 時間が来てしまったのでそろそろ寝なくては です
この所のTOMさんは 熱が微熱程度で37度を切ることが多くなってきました
リハビリも午前午後と頑張っておりまして 10秒以上立てるようになりました
無理はしないように でも頑張ってと矛盾なお願いをしてる私です
続きは明日以降 書ける時に書こうと思います
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ついに昨日 看護師さんに「帰れ」と言われてしまいましたが
「明日帰ります!」と反発したnoelです

皆さん 本当にお久しぶりです
落ち着いた状態でPCを触るのは本当に久しぶりなので
キーの位置を忘れたりなんだりで 上手く打てません
てか 上手く言葉に出来ません



今までの経緯みたいのを書いてみようかと思います

すごーく長くなっちゃうかもなので
メンドイヒトはスルーでお願いします

事の発端は6月2日・・・
仕事から帰宅したTOMさんが頭痛を訴えてました
しかし時間も遅かったので 市販の薬で様子を見る事にしました
食欲が無いと言って 軽く楽天のカップ蕎麦を食べて寝ました

6月3日
にわかに発熱が始まりました
頭痛は昨晩より酷くなった模様ですが すぐに治ると思い
また市販の薬を飲用し安静にしてました

6月4日
頭痛はかなり酷い様子
熱が高くなってきました
しかし 日曜なので市販の薬と冷却材で窮地を凌ぐ事にしました
この頃から 食事がまともに摂れなくなってきました
1回の食事量は卵豆腐半丁程度
熱が高いので水分は無理やりにでも摂らせました

6月5日
朝一で病院に
熱は39度越
インフルエンザ検査をして異常無しで「風邪」と診断
飲み薬と座薬を渡されて帰宅
無理やり卵豆腐を食べ薬を飲み安静に・・・
ひたすら寝てました 布団に入ってるだけでなく睡眠です
余程具合が悪いみたいで喫煙もPCもケータイすらせず ひたすら睡眠

6月6日~7日
熱が一向に下がらないので毎日通院してました
インフルエンザの検査も毎日して点滴もするようになりました
熱が上がるせいか 激しい震えが起きるようになりました(見た目異常な程)
震えが出ると同時にしゃっくりも出るようになりました
かなりの長時間続くのでとても辛そうです

高熱が続くので不安になり「髄膜炎とかじゃないですよね?」と聞いてみると
医者の反応は「髄膜炎なら今頃倒れてますよ」と失笑
「風邪」という診断はそのままで 薬を変えてみると言って
別の薬を処方され 前にもらった薬が無駄に溜まってく始末

6月8日
座薬投入時刻の折り合いで 日中発熱が収まってたので病院は行かず

毎日・毎回の食事が卵豆腐半丁や胡麻豆腐半丁
水分はスポーツドリンクで摂ってるものの
確実にスタミナ不足になってきました

不安は募るばかりで深夜に総合病院の救急窓口に問い合わせてみる
「応急処置なら出来ますが今日の担当医は眼科です」と言われ断念

6月9日
やはり高熱が収まらず再び病院へ
内科の検査をするが異常なしと言われ 点滴だけで帰される
この頃から排尿が困難になってきました
おしっこをするだけなのに凄くキバッて辛そう

6月10日
病院で点滴
天気が悪く洗濯物の乾きが悪かったのでTOMさんを病院に残しランドリーへ
2時間後 病院に戻り医者に再び行った検査の結果を聞くが異常なしとの事
点滴が終わったら帰って下さいと言われるが
TOMさんの歩行困難としゃっくり・異常なまでの震えが今まで以上に酷い
しかし それを見ても医者は何も処置せず所見は「風邪」のまま
帰り際 TOMさんの発言に異常を感じ医者に訴えると ようやっと事態が急変した
「髄膜炎の疑いがあります 紹介状を書きますので至急総合病院に行って下さい」
この期に及んで自分の車で行けと?救急車じゃ無いんだ・・・
てか急いで行かなくて良いの?紹介状が遅いし会計も遅い・・・早くして!!
何でもっと早くその診断が出なかったの?・・・など
色々物言いしたかったけど 何よりTOMさんが辛そうだったので移動を急ぐ事にしました
車中 TOMさんが「髄膜炎って治るよな・・・」とつぶやきました
私は「今は抗生物質が優れてるからちゃんと治るよ」なんて適当な返事をしたけど
ホントは凄く怖かったのを忘れられません

総合病院に着くと すぐに意識確認をされました
氏名・生年月日・住所など・・・
その頃は回答に若干の時間が掛かりましたが 正しい内容を話せました
CTを撮ったりMRIを撮ったり(卒中の検査)髄液検査も行いました
怖い病気で無い事を祈りながら診断を待ってましたが
医者から告げられたのは 髄膜炎と同じくらい残酷な病名でした

ウイルス性の「脳炎」

私の中で「脳炎」と言うと「日本脳炎」が浮かびますが
あの「脳炎」とは違うんだそうです
日本脳炎などの「脳炎」なら抗生物質で治るんだそうです
TOMさんが掛かってしまった「脳炎」は抗生物質が効かないんだそうです
しかも ウイルスの特定が出来ない上にウイルスに効くワクチンが1種類しか無いんだそうで
効くか効かないか分からないんだそうで・・・
追い討ちに医者は
「だんなさんは重症の脳炎です
今施してる治療は唯一の治療法であり 最高の治療法です
ワクチンが効けば だんなさんは回復するでしょう
しかし すでに脳へのダメージはかなり見受けられますので
回復したとしても何らかの障害が残る事を覚悟して下さい
今は出来る限りの事をしてますから様子を見ましょう」・・・と

何がどうなってそんな事になったのか全く分からなかったです
入院の準備をしに自宅に帰っても実感など湧く訳もなく
ひたすら恐怖で涙が出ました
「もしワクチンが効かなかったら・・・」と悪い考えばかりがグルグルしました

病院に戻るとTOMさんが熱にうなされつつ
「入院になってごめんね」と言うので
「大丈夫だよ ずっと傍に居るからね」と言いましたが
大丈夫じゃないかもしれないTOMさんに大丈夫って言うのが辛かったです
そして 排尿困難になったTOMさんから 通常ではありえない1.5L越の尿が導尿で摘出されました

この時点でウイルスの数値は950くらいでした
(健康体で数値は0です)

背骨に注射をする髄液検査をとりあえず1日おきに行う事になりました

入院2日目
TOMさんの発言に不自然が増えて来ました
家で使っていた小さい目覚まし時計を病院に持って行ったのですが
「いつも使ってるのはコレじゃない もっと小さい時計だぞ」
と言うTOMさんの目は 瞳孔が小さくなったままで 視線もうつろでした
この頃からベットに寝たきりになりました

入院3日目
2回目の検査です
座薬の作用と点滴のせいでしょうか 落ち着いた状態になりました
この日の検査はとてもよい結果でした
この時点でウイルスの数値は550くらいでした

しかし 気になることに熱のせいか「無呼吸症候群」が出るようになってきました

入院4日目
私のことや自分の母親の事などは認識出来るのですが
氏名はギリギリ言えても 生年月日は「西暦じゃないとワカンナイ」と言い
まったく見当違いな回答が返って来るようになりました
熱が上がってくると夢と現実が混同するらしく
点滴の管をしきりに触りたがり(本人は仕事をしているつもり)
少年時代に戻ったかのように弟や父親を呼んでみたり
なぜか何かの式典に出席しているつもりなのか「代表スピーチ」などを大声で喋り始め
落ち着かせようとすると暴言を吐いて暴れてしまいました
普段 温厚な人柄のTOMさんからは到底想像出来ない状態に
恐怖を感じつつ「大丈夫だよ」と祈るように繰り返し言い聞かせました

しかし深夜 病状は一転しました
熱が上がる時 尋常ではない震えと共にしゃっくりが出るTOMさん
しゃっくりしながら込み上げるものがあったみたいで吐き気を訴えてきました
汚物用容器を用意すると おどけたモーションで「ここに?」とジェスチャー
「ここに吐いて良いんだよ」とTOMさんを促し嘔吐させたんですが
出てきた内容物は胃液ではなく 時間の経った血液でした
慌てて看護師に相談したのですが 「あぁ そう」程度でしかありませんでした
TOMさんは少しづつの吐血を繰り返します
激しくむせるので看護師が吸引しようとした瞬間 喉に刺激を感じて 噴水型に吐血をしました
ずっと前から出血していたみたいでかなりの量ですが
看護師は「あ~あ~あ~ ちょっと・・・」とベットが汚れる事に困惑している様子
血圧を測定したのですが 恐ろしい事に血圧が300近くまで上昇してました
深夜だったので 翌日までそのまま様子を見ることになったみたいです

私はTOMさんの様子に 心臓をつかまれたみたいに苦しくなり
「もしTOMさんが死んでしまうとしたら
なぜこんなに苦しい思いをさせなくてはいけないのだろう
万が一最悪な状況になるのなら 穏やかな終焉を迎えさせて欲しい」と
信じても居ないカミサマに祈る様になってました
大丈夫とTOMさんや自分に言い聞かせても 最悪な状況がどうしても頭の隅にあって
不安が大きくなってくると考えたくない事ばかりが頭を廻っていてもたってもいられない気分でした

入院5日目
検査結果に愕然としました
前回 およそ半分まで減ったウイルスがまた増えてしまったのです
しかも 無呼吸症候群による脳への酸素低下の為 呼吸器に接続され
さらに意識混同により点滴を数回腕から外してしまったので
大腿部の太い血管へ管を直接点滴する事になり
それを取られない様に 腕はベットにしばられ手にはミトンを装着されてしまいました
呼吸器とスムーズに呼吸を合わせられるように意識が薄れる注射を常時注入され
心音が常時ナースセンターにある機械に無線で表示になるようにしてあり
呼吸器を接続されたのとは反対の鼻には胃潰瘍で溜まった血液が排出されるように管が入れられ
血圧は常時測定されるように機械が腕に装着され
排泄も自動で行われるようにカテーテルを挿入されたままになりました
変わり果てた痛々しい姿に 情けないですが大泣きしてました 

この時点でウイルスの数値は750くらいでした

ここまでが最悪な状況になるまでの経過です
これ以降は 少しずつではありますが快方へ向かいます

今晩からTOMさんヒトリを病院に置き去り状態です
めっちゃ寂しいし不安ですが これも快方へ向かった証拠という事で納得したつもりです
明日 また病院に行かなきゃなので 今日はこの辺で・・・
続きは明日書こうと思います 長々とゴメンなさいませ
皆様 放置しててすみません
ずっとTOMさんの付き添いで病院に泊り込んでおりました
しかし TOMさんが快方に向かっておりますので 近日には「お前は帰れ!」と看護士に言われるかもしれません
そうなると それはそれで忙しくなりますが PC復帰も出来ますので
 また更新を始めようと思います
せっかく利用して頂いてるのに申し訳ないですが もう少しお待ち下さいませ
必ず 復帰します!

・・・ホーミングコブラ作戦 参加し損なった・・・_| ̄|○;

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